‘18年ボローニャ・ラガッツィ賞優秀賞受賞、上質の大人向け絵本です。
| 2018年09月10日 05:00 | 吉村正臣 |
Joanna Concejo ジョアンナ・コンセジョ (ポーランド)
Une âme égarée
置き去りの心
フランス語 翻訳付
出版社:Editions Format
ポーランド出身(1971年生まれ)。1998年ポズナンの美術学校を卒業しました。パリに移住しイラストレーターとしての活動を開始します。2004年ボローニャ絵本原画展に入選。ポルトガル・バレイロで開催されるイラストレーション・ビエンナーレ”Ilustrarte”に2005年2009年2013年に招待され出品しました。陰影のある絵が、ポーランド、フランス、イタリアなどで高く評価されています。この絵本(ポーランド語版)が、2018年ボローニャ・ラガッツィ賞優秀賞受賞しました。
テキストを書いたのは、2018年ブッカー国際賞を受賞したポーランドの作家オルガ・トカルチュク。絵、文とも非常にすぐれた内容です。
人間は社会のスピードに従い、生活している。一見、何の問題もない。ところが体はそのスピードに乗っても、心はついて行けない。そのため心は、ある時点から持ち主に捨てられる。主人公の男は、心を捨てて生活していることに、ある日気づきます。そこで高名な医師を訪問。診断とアドバイスを受けます。 男は忠実に、過去と向き合い、心を取り戻していきます。
絵本には、主人公の男と思われる人物が描かれます。ところどころに子どもが描かれ、最後に家の中で、ふたりが並んでいます。子どもは主人公の幼少時代、彼の心の原点でしょう。
広い公園、木々のある風景などは、かつて暮らし、目にした・・・心と肉体が一緒だった頃のシーンでしょう。それが今、孤独な部屋に閉じこもり、回想する。
左ページに過去の記憶や思い出が描かれ、右ページに現代の主人公が。男は幼いころの懐かしい思い出さえ、現代の生活によって忘れていました。それらを少しずつ取り戻し、心が再生できたのではないか…絵からはそのように読み取りました。
絵は、鉛筆で非常に細かく、リアルに、心象風景を描きます。人の顔に、憂いが、優しさがあり、深い味わいを感じます。本の装丁も古書のようで、内容に則しみごとな仕上がり。大人の絵本として上質でしょう。
<翻訳の一部> 翻訳:泉 りき
遠く離れた場所から、今のわたしたちを眺めることができたなら、汗をかき、ありとあらゆる方へ、必死になって急ぐ、疲れ切った人間ばかりがいる、と気づくはずだ。人々の心は捨てられ、置いてきぼりになることもわかるだろう。
ずいぶん過去のことだが、とてもよく働く男がいた。スピーディにどんどん仕事をこなした。そうして生きてきたので、人間らしさなどとっくになくしていた。それでも別段問題なく生活していた。睡眠、食事、労働、車の運転、そしてテニスも。ふとしたとき、まわりのすべてが、あまりにも味気ないものに思えることがあった。まるで自分が、数学のノートにある方眼紙のマス目の上を、外れることなく動いるだけのような。
ある日、ホテルの部屋で、真夜中息ができず目を覚ました。窓から外を見るが、今いる街がどこなのか、何もわからなかった。ホテルの窓から見える景色は、どの街も同じだった。どうしてそこにいるのかさえ、わからなくなっていた。そして男は、名前さえ忘れてしまった。自身に問いかけることさえできない。なんとも不思議な感覚。だから黙っていた。
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