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夢から覚めたとき、世界も人も、跡形もなく消え去る

| 2021年06月10日 23:00 | 吉村正臣 |

Marion Janin マリオン・ジャナン(フランス)

L’Enfant errant
さまよう子ども

フランス語 翻訳付
出版社:L’atelier du poisson soluble

フランスのリヨン出身(1972年生まれ)。現在フランス中央部オーヴェルニュに住み、イラストレーターとして活動しています。芸術家であった祖父のもと、幼いころから絵を描くことに親しんでいました。大学で数学を学び、教職を経験した後、イラストレーターをめざすことに。文化財団Fondation de Franceの奨学金を得て、フランスにあるふたつの美術学校(エピナル、ナント)で美術の勉強をします。2003年、自身のアフリカ・ブリキナファソへの旅の経験を絵本にした”Noir Ebène”でデビュー。繊細で丁寧なデッサンで、2011年ピュイ・ドゥ・ドーム県のすぐれた造形作家に贈られる賞を受賞します。絵本の出版のほか、音楽家の演奏シーンのデッサン作品も多数あります。

主人公の子ども(性別は不明)は、たったひとり、ひたすら歩きます。そしてヨルダンの渓谷の奥に佇む世界遺産「ペトラ遺跡」を思わせる、古代ローマ帝国時代の遺跡の門にたどりつきます。
街の市場で、空腹だった子どもはくだものを盗もうとします。街の人々は子どもを非難し、追いかけてきます。街を出てもどんどん追ってきます。やがて砂丘が広がる海に出ます。住民は子どもを問い詰めるのですが、真っ赤で豪華な服を着た人たちは砂の中で動かなくなってしまいます。

街にやってきた男とともに、少年少女が消え去る中世の物語「ハーメルンの笛吹き男」を彷彿とさせます。どこから来たのか、誰なのか。子どもの存在は明らかにされず、現実と夢を行き来する存在として登場します。子どもが夢から覚めたとき、現実の世界も人間も、跡形もなく消え去ることを暗示しながら、物語が終わります。

精密なストローク、デッサン力の優秀さに驚かされるでしょう。濃いベージュの紙に、鉛筆コンテでみごとに描いています。この端正さは、CGも使われているのでしょうか。異様なドラマチックなモノトーンの世界から始まります。過去なのか、未来なのか、そこに、赤やグリーンで現代性を与えています。2018年に絵を紹介した時も、歴史物語にこの人の力が発揮されている、としましたが、この絵本も建物の装飾が緻密で、よく研究しています。人体表現や洋服もみごと!

大学での専攻が数学とのことで、不思議なパースペクティブで物語性を増幅しています。沈黙の世界から、人があふれる都市に、そしてまた静寂に、絵の圧倒的な力で、わたし達を別世界に連れて行きます。

≪翻訳の一部≫  翻訳:泉 りき

第一章 旅
夜の果て、めぐり来る朝、一歩一歩、ただひとり、子どもが地平線のかなたへと向かう。
冷たい大地に足を踏み入れ、歩きだす。
子どもは歩く。歩きつづける。ただひとり。
歩きすぎて、何かがおきても走れないほど。
どんなものだって、誰だって、止めることはできない。
音のない世界。荒れ果てた地に
子どもがただひとり、頼る者などおらず歩く。

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